有難いと思う気持ちについて

先日、タクシーに乗車した際に感じた事について書かせて頂きましたが、
同じように今回もバスに乗っての移動中に、ふと感じた事を書きたいと思います。

2月のとても寒い日に、仕事移動の為、バスを利用した時のことです。
本当に寒く、バス停で待っている間にスマホを見ようとすると、露出した手が凍りそうな程でした。

そんな中しばらく待ち、やっと到着したバスに乗り込みました。
情けないことに、私はバスが多少遅れたことに少々腹を立てていました。

しばらくして、次のバス停に着いたとき、一人のおばあさんが乗車されました。
腰も丸まっていたので、それなりにお年を召された方だと思います。

そのまま一人用の前向き優先席に座り、さらに次のバス停でまた一人同年代のおばあさんが乗車されました。
先に優先席に座っていたおばあさんの横顔を目の前に見る位置、横向きの優先席に次のおばあさんは座りました。

私はその二人が見える、バス後方の座席に座っていました。
車内は人が少なく、全体が見渡せ、小さい声の会話でも聞こえるような状態でした。

そして、2人は知り合いか、初対面か、全く分からない程自然に、非常に穏やかな口調で
「本当に、有難い。有難いですね。」「本当に、有難いですね。」という会話をしました。

その時私は、仕事のことなどを考えながら、窓の外の景色を見ていたのですが、
なぜかその会話が耳に入り何について話をしているか、そのまま何となく聞いていました。

すると、「バスの中が、とても暖かくて、本当に有難い」という内容の会話でした。
それを本当に、自然に、穏やかに、それでいて強く気持ちがこもっている口調で話ていました。

私は遅れたバスに腹を立て、暖かい事などに一切気づかなかった一方、
おばあさん方は暖かいバスにとても感謝の気持ちを持っている。
私は私の事を非常に見窄らしく、小さい人間だなと感じてしまいました。

その会話が、なぜ私の心に残ったかうまく説明できませんが、とても大切な事を学んだ気がしました。

私はバスが定刻に来て当たり前、暖かいのも当たり前、という思考でしたが
おばあさん方はバスが来てくれて有難い、暖かくて有難い、と、真逆の思考でした。

私は、この恥ずかしい思いをした経験から、普段当たり前になってしまっているモノ・コト・ヒトを今一度見つめなおし、
見えていなかった大切な部分に、今一度感謝する気持ちを持とうと思いました。

仕事も、プライベートも、全てにおいてそういう気持ちでいることが非常に大切ではないかと思います。
その中でもまず最初に、一番見失いがちな、一番近くにある・いる存在から始めるべきだと思いました。

仕事であれば、当然目を向けるべきは、
社内の全メンバーであり、いつも協力して下さる仲間工場の方々、材料を仕入れて下さる方々、宅配の方々、
相談に乗って下さる先輩や先生の方々、ではないかと思います。

勿論、仕事をご発注頂いているお客様の方々にも多大なる感謝の気持ちを持っておりますが、
どうもこちらばかりが強く表れてしまっているような気がします。

とても傲慢な発言に聞こえてしまうかもしれませんが、お客様にもそのような気持ちでお付き合いをして頂ければ
弊社としても非常に嬉しく思いますし、さらなるモチベーションにも繋がります。

当たり前の様に仕事をしている社員の方々、注文を出せば協力して下さる工場の方々やメッキ工場、塗装工場の方々、
そこに気づかずお金を下さるお客様方のみに感謝するような会社には絶対にしたくないと思います。

双方が感謝し合い、金銭関係だけでなく、気持ちよく人生が送れる会社を、皆で築いていきたいと思います。

この記事を書いた人

佐藤 修哉

1986年生まれ
学芸大学で生まれ育ち、鷹番小学校から中学受験で慶応普通部に
慶応義塾大学理工学部電子工学部を卒業後、大学院に進学
卒業後IT企業を経て2014年に祖父が創業した佐藤製作所に入社
若手社員とのコミュニケーションと2人の息子の世話に励む

東京商工会議所 事業承継対策委員
東京都労働産業局女性従業員のキャリアアップコンサルタント
https://www.josei-jinzai.metro.tokyo.lg.jp/program-introduction/instructor-introduction/shuuya-sato/