最近の自分について思うこと

前回の記事から6ヶ月が経っていた。おそらく更新期間の最長記録を更新した。理由は書こうという気持ちが奮い立たなかったのか、身体的に疲労困憊なのか、社会人としてダメだと言われる人がよく言う「時間が無い」から書けなかったのか、わからないが特に理由は無い。ちなみに僕は「時間がないから出来ない」という人に対して別にダメだと思う感覚はない。正直僕もメッチャ言いたい時が今も何度もあるからだ。

しかし、思っているだけなのと、実際に行動するのとは雲泥の差があることも少しは理解している。思っている分には全く問題ないと思う。みんな忙しい、十分な時間は無い、でもやらなければならないことが沢山ある、結局そこで頑張ってやった人が、少し人生が生きやすくなる可能性が上がる、と思っているが、どうなのだろうか。(僕は全然できていない)

話を戻すが、この日記を書くことは仕事ではないし、誰かから求められているものでもない、それなりに労力もかかるので、気が向いた時に勝手に何となく書いているだけである。「続けること」自体が目的の一つになっている可能性もある。ストレスのかかる自己満足みたいなものかもしれない。

一番最初の記事を見たら2016年1月だった。基本的に三日坊主である僕だがこの日記はそろそろ8年目を迎える(僕は入社して9年目)。続いた理由は、締切やノルマがなく、成果物の良し悪しを評価されないからだと思う。しかし、本当にたまにだけご感想を頂ける事があり、それは悪い気はしない。結局物事を長く続ける秘訣は、その程度なのかなとも思った。みんなが同じだとは毛頭思わないが。

「8年」と今タイピングしてふと思ったが、8年前は、今一緒に頑張っている若い社員達はたったの1人も居なかった。まだ僕もギリギリ20代で、大いなる未来への希望・期待を持って何も分からない金属加工業界へ飛び込んだ。そしてその後すぐに、現実・孤独・不安に押し潰された。周りの人や会社やインターネットの情報と意味のない比較をして、相対的に自分や会社を評価して、毎日凹んでいた。その経験もあり、今は一切外部との比較をせず、自分で自分の人生を見て、本当に大切にしている物がやっとこの歳で分かるようになったが。

本当に日進月歩、他の成長している会社と比べたら驚くような遅さで、後退と前進を繰り返しながらなんとか8年生き延び得たような感覚である。そして本当に運が良かったなと強く思う。ただただ、ここまで何とかラッキーが重なったなと心から思う。そして素晴らしい仲間に恵まれた、感謝の気持ちしかない、それによって今も頑張ることができている。

もちろん、社員の仲間だけでなく、その間に沢山の本当に素敵な協力会社の方々、お客様方、学校関係者の方々、金融・公社関係の方々などに恵まれた。ありきたりでどんな本にも書いてある言葉になるが、本当に周りのみんなのおかげで今もなんとか人生を送れている、と言うのが正直な気持ちだ。

しかし、タイトルにもあるが、最近の自分は、そういった人達全員に対して、僕からは何も出来ていないことを理解している。そういったことが積もり積もって、どうするべきか悩む時間が増えた気がする。

「何も出来ていない」と言うのはどういうことか、具体的な事例を挙げてみたいと思う。

①社員に対して

これは経営者のような立場の方が見ないと正直理解が出来ないかもしれない。本当に難しく、正解が無いと思うことを前提とするが。

社員のみんなは何をすれば喜んでくれるのか

(何に喜びを感じるのか)

と言うことをきちんと把握できていないのと、行動にも移せていないということ。これを日々、社員とコミュニケーションを取り、自分でそれなりの回答を想定しなければならない。たくさん失敗をすることを恐れずに、寄り添っていく覚悟が必要なのかと思う。(そんな大袈裟なことでは無いのかもしれないが)本末転倒だが、そもそも、社員はそれを望んでいないのかもしれない。

そもそも、「喜んでもらおう」という考え方自体が、経営者のエゴなのかもしれない。そこまでしなくてもよいのかもしれない。しかし僕は、仕事をしている間に少しでも喜びや達成感などを感じる事ができるような人生を送りたいと考えている。それが一方通行のエゴであれば、もちろん考え方を改める。過去記事にも書いたが、仕事をしている時間も人生の貴重な時間だから、お金の為だけにそれを消費する事はしたくないし、してほしくない。

当たり前だが、お金は当たり前に大事なことだから、それを何とか稼げるような会社であることを維持した上で、という話になる。正直言って、お金を稼ぐ(稼げる)会社を作ること自体が相当難しいから、それを最優先でやる事に対しては異論はない。が、それだけになるとキツイという実体験があった。(誤解ないように補足:佐藤製作所が今現在、凄い稼げている会社ということではない。今みんなで頑張っている所)

社員が喜ぶような事を考える際に、最も難しいなと感じる点は、今の時代は「個々の価値観がバラバラ」であることによって、これをやればみんなが喜ぶ、というような施策はもう無いということ。

つまり、全員が満場一致でバンザイをするようなイベントや決まり事は、無い。と僕は思って毎日経営をしている。これは少し悲しいことだが、時代の流れに逆らうことはできない。今はそれで良いと思っているし、その中でどうしていこうか、と考えるようにしている。

30年程前か、僕の小さい頃、親父に連れられて会社の社員旅行にバスで熱海に行った記憶が鮮明に残っている。その時はスマホもなく、社員全員が社員旅行を楽しんでいた時代のように見えたし、小学生の僕にとってはとても素敵な楽しい思い出となっている。正直に言えば、その実体験から、社員旅行をまたやりたいなという想いはある。しかし、完全に時代に逆行している考えだということも理解している。息子も連れて行ってみたいが、未来はどうなっているだろうか。

話を戻すが、本当に社員が喜ぶようなことをやっていきたいと毎日考えていることは間違いないのだが、それが経営者のエゴにならないようにも気をつけたい(つまり、ありがた迷惑)。近すぎず、遠すぎず、個々に合わせて良い距離感を見つけている段階、なのだろうか。念のため書くが、僕がそう思う理由は、皆が頑張って一生懸命責任を持って毎日働いている姿をこの目でしっかりと見ているからだ。だから、そういう姿勢の社員がいなかったら、そうは思わない、ということだ。

それと、最近の社員に対しての僕は、とにかく口うるさい上司、になってしまっているんじゃないかなと勝手に思っている。それはあまり僕の望んでいる姿ではないのだが、難しい。毎週、全員で行う会議があるのだが、そこでは僕が会社の課題や問題点について事細かにディスカッションしている。全ての物事には、表と裏があり、一長一短、だと僕は思っている。佐藤製作所も例外ではなく、若手社員が多いから良い会社だと言って頂く事もあるが、それは表の部分しか見ていない。若い事で、ベテランと比べて経験や知識が不足している点は間違いなくある。そういった細かい改善点が、今も毎週山ほど出てくる。それを、僕が見逃さないよう吸い上げて、全員で共有し、再発防止に努めている。まさに、ウザイ上司、だと自分でおもう。そうなっている自分を喜ぶ人はいないだろう。だからそういう仕事をしている人を見ると、僕はすごいなと思う。

ひとつはっきりと言っておきたい事がある。それは、佐藤製作所は、まだまだ僕を筆頭にとても未熟で力の弱い会社だ、という事だ。それは僕が一番強く、良く、理解していると自負している。自分では1日たりとも、すごい会社だと思った事はない(外から凄いと言われているという事では無いので誤解をなさらず。)。それは、上記にも書いたが、表裏一体の裏の部分をしっかりとこの目で見ているからだ。だから、毎日、誰よりも危機感を持って会社を見ている。(というかこの視点がなくなったら、僕は会社から用無しだと思っている。他には何も出来ないし)

若手が多く、まだまだ未熟なので、課題が多い、という事。つまり、今の時期に会社をビシッと強化しておかないと「ただ若い人がいるだけ」の会社になってしまう。それは僕の望んでいる会社の姿ではないし、そうしないためには誰かがしつこく、口うるさく問題提起をし続けないといけない。それが、今僕がやるべき一番大事な仕事だと考えて、毎週、毎週、毎週、しつこく、しつこく、しつこく、同じことを何度も、何度も、何度も、繰り返し言い続けている。だから、今の僕は、体力よりもメンタルを健全に保つよう強く意識している。(問題点を指摘していく作業は誰からも喜ばれないし嫌がられるので正直辛い仕事であるから)

こんなことを言っては、経営者、管理者失格だと思うが、僕の本心は、あまりみんなに色々と言いたくない。おこごとのような事は言いたくない。口うるさいやつだと思われたくない。面倒なやつだと思われたく無い。おちゃらけて仕事がうまくいくならそうしていきたい。が、今はその時期ではまだ無い。今ここで僕が全体会議をやめたら、階段を転げ落ちていくような危うさがまだまだある会社だというのが、本当の佐藤製作所の姿だ。(嫌になって社員全員辞めてしまったら笑ってください)

だから、会社にいないと、会社の本当の姿(特に重要な裏の部分、課題)が見えてこないから、数年前から僕は、外に出ることをスパッとやめた。(次に続く)

②社外のお世話になっている方々に対して(お客様や協力会社様など)

これは①からの続きになるのだが、若手が増えてきたある時期から、僕は外に出ることをスパッと辞めた。その理由は①にあるが、本当に思い切って辞めた。自分で考えて決めたことだった。

それまでは日中から終業時刻までは毎日外回りをして、帰ってきてから1人で深夜まで事務作業をしていた。(真似してはいけない働き方だし、独身だからできた。もう出来ない。深夜の工場に夜1人はメチャクチャ怖いし。ただ、仕事が出来ないから遅くまで時間がかかっていただけの、能力がない社会人だということ。)

それ=外回りなどのルーティン を辞めると決めてからしばらくは、社内の反発もすごく説得も出来なかったが(今は宅急便で送るようになったが、前は全部僕が運搬していたので、行けと言われる)、僕は自分でしっかりと考えて、自分で会社の為だと確信して決断したことだから、曲げなかった。1年くらい粘ったら、周りも諦めたようだった。(もっと良い方法があったのだろうが、僕は情けないことに全部このパターン。周りを諦めさせる)

しかしこの僕のダメなやり方は、精神的にかなりきついので、全くおすすめしない。僕だって、極力反発を買うような事はやりたくないが、これ以外の方法が僕には出来なかった。精神的にきつい理由は、会社の為だと信じて決断して行動していることに対して、周囲から賛同がなく、嫌な目で見られ文句を言われて続けながら、それでも1人で諦めずやるしかないからだ。だから、そんなことは普通やらない方がいいのだが、当時の佐藤製作所は、それをしないと未来が無い状況であったから、やらざるを得なかった。

誤解をしてほしく無いから補足するが、周りが僕のことを理解しないからダメだ、ということをいいたいのではなく、今までと違うことをやる(やらざるを得ない)と決めた時は、こういう状況でも続けなければいけない信念が無いと壊れてしまうから辞めようね、という注意喚起だ。周りがダメと言い、賛同されないのは当たり前で、なぜなら、今までと違うことをやった結果が分からないから。結果が出ていなくて、今までやったことがない事を始めるなら、そんな無駄なことをしないで今までやってたことをやりなさい、と考えるのが普通なのだと思う。(たまたま僕はそう思わない人種なのだが・・)

脱線したが、②の社外のお世話になった方々に対して、①の理由で、ここ数年ほとんど顔を出しに行けていない。近況報告や雑談を全く出来ていない。それこそ、昔は毎週、毎日のように伺っていた所に、全く行けていない。

そして、そんな間に、退職や転職や引退をしてしまい、もう2度と会えなくなってしまった方もいる。それはとても悲しいことなので、少しは外に出なければ、と考えることも多いのだが、本当になかなか「時間がない」(仕事ができる人は絶対言わないとされているワードを使います)

歳を重ねれば、それに伴い出会う人が増える。僕ももうすぐ10年が経ち、有難いことに沢山の方々と知り合う機会を頂いている。しかしそれとは反対に、今まで毎日のように会えてた人との時間は減る。悲しいし悩ましいことだが、全員と会うことは物理的に時間的に不可能になってくる。

さらに独身時代から比べると、家族との時間の概念もそこに加わってくる。僕は、今1番大切にしている時間は、子供、家族との時間だ。仕事も大事だが、特に子供がまだ幼い今は家族との時間が一番大事だ(幼くなくても大事だが)。だから夜遅くまで外回りもしないし、親睦会などの飲み会もほとんど行かないし、土日も仕事をしないと決めている。おかげで仕事は若手、社員に助けられっぱなしだ。子育てが落ち着いたら挽回したいと思っているが、その時体力がもつか・・

これは全ての経営者によって考えが違うと思うから正解はないが、僕は、周囲の情報を一切遮断して自分の頭と心でしっかりと何が大切かを考えて判断して色々と決断している。だから、外部情報は一切気にしないし、見ない。自分1人で考えて決断しているから、その結果や成果についてはどうなるか分からないが、後悔はしない、と考えている。誤解されたく無いから補足するが、決断が間違ってたと分かった段階で、瞬時に考えを変える。実際それは多く、周りは大変だろうと思う(ごめん)。そして決断をするときは、周りの意見やアドバイスは「参考に」するが、鵜呑みにして周りの言うがままに自分が納得してないまま決断することは、無い。と言うこと。(SNSやネット見て意思が揺らいだり、何かを決めることは無い)

まとめると、お世話になった方々に会いに行きたい気持ちも強いが、「今は」それよりも自分の中で重要な要素が、社内と家庭にあるから、前者を泣く泣く諦めている、ということになる。全てを満たすことは無理だ。(全てを満たそうと頑張ることもできるかもしれないが、身体と精神が壊れると思う)申し訳ない気持ちがあるが、それを引きずらないようにもしている。

③両親や祖父母親戚に対して

これは書こうか迷ったが、今の37歳という年齢、家業を継ぐ身として正直なところを書こうかと思う。これくらいの年齢になると、家族関係でも色々な行事やイベントが出てくる。嬉しいことも、悲しいことも、ある。

僕は、仕事が理由となって、家族の大切な行事や出来事などを後回しにして後悔したくないと考えているし、社員にもそれを望んでいる。最近、そういった事で後悔した事があった。

先日90歳を越えた祖母が他界したのだが、突然仕事中に父に電話が入った。社内で打ち合わせ中だった。ほとんど老衰だと考えているし、直前まで元気だった事を考えると苦しまずに逝けてよかったとも思っている。すぐに父と一緒に病院に向かい、なんとか最期を見届ける事ができた。すぐに病院に行かせてもらえた会社の皆には勿論感謝している。

その後、僕がとても後悔していることがある。それは、生前、僕が仕事中に老人ホームからかかってくる祖母からの電話をほとんど出なかった事だ。

仕事中だから、周りに社員がいるから、忙しいから、疲れているから、などの理由を自分でつけて電話に出ていなかった。それを亡くなってからとても後悔している。本当に悲しい気持ちになったし、何をやっているんだろうと思った。

だから、この経験から、同じような事は絶対したくないと思っている。そして社員にも同じような気持ちでいる。「仕事中だから」という過去の概念が良くないのか分からないが、連絡はいつでも取っていいし、取るべきだと僕は考えてしまっている。一般の企業で正しいかは分からないが。

この祖母の出来事から、今まで両親(父=社長、母=経理)から仕事中にPCの使い方や、仕事の雑務質問などで、正直答えるのが面倒だと思って「自分で調べて」とか、知っているのに「分からないから聞いて」と言ってしまっていたダメな所を直そうと、考えを改めた。僕は、その程度の人間である。(なので、今までより一層外に出る時間が減りそうな・・・)

そろそろ疲れたから中途半端なところで無理やり終わりにしようかと思うが、こういった考え方がベースにある人間が、佐藤製作所の方針やあるべき姿を考えている、これからも考えていく、ということになりそうだ。もう37歳なのでこの先大きくは価値観が変わらないかもしれない。

お恥ずかしながら、ここの考え方が全くもって合わない人も沢山いるとおもうので、怒ったり、文句言ったり、否定するのはご勘弁を願います。何長々と甘い事言ってんだこいつ、アホか、経営者失格、ぬる過ぎる、という意見が多そうなので、先にガードを張りました。とても打たれ弱いので、凹んでしまいます。おやすみなさい。

この記事を書いた人

佐藤 修哉

1986年生まれ
学芸大学で生まれ育ち、鷹番小学校から中学受験で慶応普通部に
慶応義塾大学理工学部電子工学部を卒業後、大学院に進学
卒業後IT企業を経て2014年に祖父が創業した佐藤製作所に入社
若手社員とのコミュニケーションと2人の息子の世話に励む

東京商工会議所 事業承継対策委員
東京都労働産業局女性従業員のキャリアアップコンサルタント
https://www.josei-jinzai.metro.tokyo.lg.jp/program-introduction/instructor-introduction/shuuya-sato/