また、前の記事から約半年が経過していたので、自分との闘い?続けないといけないという勝手な自意識?何かは分からないがもう体力も精神力も最近かなり落ちている気がするとても怖い金曜日の深夜に会社に一人で残り今思っている事を記録しようとタイピングを始めた。
正直、最近結構悩み?考えないといけないこと?あまり気が進まないけどやらなければならないこと?やった方がいいんだろうが体がそれに乗ってこないこと?(同じか)などがあり、なんとか激落ちしないように色々と工夫しながら日々を過ごしているような感じである。
人がどうなのか、他の人の事は分からないし、人も僕の事は分からないだろうから、そういった視点で物事を考えることは結構まえにやめられたのだが(ある意味、冷めていると思われてしまうかもだが)、日々生きていれば、毎日なにかしらの問題が絶対に生まれてくるのだと思う。というか僕がそういう人生であるというだけなのだが。(他の人は知らん)
しかしその何かしらの問題や悩み事のネタは、その時々、自分のライフステージ?年齢?環境?によって変わると思うのだが、今の僕を考えると、家族、両親兄弟、社員、がやはり多くの影響を持つライフステージである。どういうことかと考えてみると、やはり、「一緒に過ごす時間の多さ」な気がする。それが多い要素が、その時点で、自分の人生に大きな影響を与える要素となる確率が高いのだと思う。(勝手にそう思っているだけです)
例えばだが、もう少し前の時を考えてみる。僕は12年前に佐藤製作所に入った。その時を例に考えてみる。そうすると、その時の悩み、苦しみ、問題事といえば、「会社」がほとんどだったなと思う。「会社」とは、社長専務、当時の全ての社員、それに、経営状況(業績、高齢化、5S、など挙げればきりがないが)、そのことが頭のほとんどを占めていた気がする。人だけではなく、どうすれば業績が良くなるだろう、どうすれば人が入ってくれるだろう、どうすれば気持ちよく働ける環境になるだろう、などといった「要素」的なものも常に頭を悩ませ、体力や精神力を削る要素だった。
今はどちらかと言えば、要素ももちろんあるのだが(経営状況は改善していかなければならないし、安心する日は1日たりともない)、40歳という年齢の近辺であれば他の人も体験するのかしらないが、365日24時間実務に100%集中できる環境では無くなったことで、それ以外に自分のリソースを使わないといけない事が増えたことで、もともと能力が高くない自分の限界が出てきて疲労感が溜まっている感じだという事な気がする。
非常に分かり辛い文章だと自分でも思う。どうすれば分かりやすくなるか?つまり、自分一人でなんでもコントロールできる状況ではないということ。ありがたい事に家族も皆元気でやっておるので家族の為にも時間をちゃんと確保したい、そうすると家族のコントロール下で(表現が違う気がする)自分が動く時間が生まれる。両親も高齢になる、今まで出来た事が出来なくなってくることもある、体調も崩れる事が増えてくる。そうするとそこにもリソースを割く事になる(この表現あっているのか?リソースを割くとか言うと非常にビジネスっぽくなるしドライで冷徹な感じにならないか?)、さらにありがたいことだが社員も増えたりそれぞれのライフステージが上がると昔みたいにわちゃわちゃとにかく楽しく的な仕事の仕方はお互いにできなくなるし、その社員のために会社としても色々と新しく寄り添えるようなものを考えて実行していかねばならない(表現が絶対違うな。いかねばならないではない。社員が安心して働ける環境づくりに力をいれる必要が出てきたということ。)
結局何が言いたいか全く分からない文章になった。修正する気も(気力も)特に無いのでいいとする。
昔は100仕事にリソースを使えた(100は嘘、そこまで真面目ではない。頑張ってた時で80位かも)が、今は上記のような状況であるため体感50位な気がする。この50というのも、細かく言えば、今までは僕も実務?営業や生産管理の現場?の前線に立って体で仕事をしていた(具体的に言えば毎日沢山の見積もりや営業資料作成、アポ取り、お礼メール書き、採用活動、車運転して運搬、外回り、などなど)状況に比べて、今はどちらといえば上記に書いたように社員の環境づくりや、全体の統括?監視?舵取り?のような仕事がメインになっているので、実務的なものでいうと50よりもっと下がるのだと思う(0ではない・・はず)。
前の記事にも書いたかもしれないが、僕は、佐藤製作所において価値のある人なのか?何で価値を生み出しているのか?を毎日考えている(というか考えていないと、多分いらない存在になってしまうから)。そんな状況の中で、僕は立場的にも、会社にかなり価値を生み出さないと、いられない。少なくとも皆から常務と呼ばれるにふさわしくなくなる。というか1番価値を生み出す人でないと、ダメだと思う。
それが何かは日々探し続けるとして、分かりやすく今の僕の考えを何個か書き留めておくと(全部は書かない)、まずは「他の人がだれも気付かないことに気付けること」。そして、それが「ちゃんと会社にとって意味のあること」。さらにいえば「それによって何かしらの成果が生まれること」。人に認めてもらうために何かをするのではないが、人に同じ方向を向いて一緒に頑張ってもらうためには、「成果」が出ないとダメなんだ、ということはこれまでの僕の日記や記事でも恐らく散々書いてきていて、それは僕の実体験から生み出された僕の哲学の一つとなっている。佐藤製作所に入社して数年間は、それでとても苦しんだからだ。また、最初は僕も、何か自分がやったことでみんなに認めてもらいたい、褒めてもらいたい、と言う気持ちがとてもあったが、ある時にそれは無理なことに気づいて、そこから一切それを期待する事が無くなった(良いのか、悪いのかわからないが)
しかし、そういった経験から、反面教師として僕は、成果がまだ出ていなくても一生懸命頑張っている人の行動や提案には全力で応援する、もし何かしらの成果が出たら(出なくても一生懸命頑張ったら)それを何らかの形で褒めてあげる(出来れば他の人にも伝えてあげる)ようになろう、と思えたことは、結果的に良かったと思っている。こういったことも前の記事に書いた気がするが、何かやりたいと言ってきた社員には、基本的に即OKを出すというスタンスも、こういった過去の自分のしんどかった経験からきている。もちろん、一生懸命頑張っている、色々と考えている社員に対してだけ。ただ、そういったスタンスに対して、納得していない人がいることも理解しているが、そこは僕は哲学を曲げるつもりはないので、悲しいがしこりが残ったりもする。(そういう心労が蓄積されているのかもと思った)
もう一つくらい書き留めておくと、うーん、なんだろうか。というかもう上の説明の中にも書いてある気がするが。
そうだな、全員漏れる事無く、仕事や技術の情報格差が無いようにするということかな。かっこよく言えば、会社全体の、老若男女部署立場問わず、全体のレベル?能力?を押し上げる手助けするということ。これは説明は難しいし、実際本当にそうなっているか計測は出来ないが、毎週全員で集まって1時間以上?会議しているのだがそこでの情報の共有、意見の交換は、僕しか出来ないのではないだろうか(厳密に言えば出来るのだが、その場で何を議題にするかというところが肝心要だと思っている)。決して超良い会議をしているという事を言っている訳ではない。同じ話を何度も聞いてうんざりしている社員がいるのも分かっているし、それは必要ない議題じゃないか?という議題があったりすることもあるだろう、人によって様々なのは分かる。しかし、これは僕は絶対意味がある事だと思って、色々な意見を今までも貰いながら、折れずに続けている仕事の一つだ。効果測定が出来ないし、意味があるのかどうかの検証も出来ない。が、僕は大事だと思っている(間違っていたらみんなゴメン)
さて、またタイトルと全く違う内容でここまできてしまった。当然もう疲れきっている。眠いし。一応タイトルの事についても触れておいて終わろうと思う。
積極的にチャレンジする人が偉くて、手を上げなくて消極的な人はダメなのか
ということなのだが、僕は「失敗してもいいから新しいことにチャレンジして出来ないことを出来るようにしていこう」、という事を毎週のように全体会議で皆に何度も言ってきている。だから、そういう姿勢でいる人を評価して、そうじゃない人はダメだと思っている人がいるのではないか?と思った。そしてそんなことは決してない。
誤解されていると嫌だから、一応書いておこうとおもって、こういうタイトルにしたことを今思い出した。これは、誤解されたくないからその弁解?としての記載である。
チャレンジする人を求めている事は間違いない。そしてそれを実行しているスタッフを見て嬉しい気持ちになっているのも間違いない。しかし、そうでない人をダメだと思っている事は全くない。
理由を書いておこう。書く前に、あまりにも当たり前でそんなことかと思ってしまう理由だということも補足しておこう。理由は、新しい事にチャレンジしていない人も、仕事をさぼっていたり、モチベーションが低かったり、やる気がない訳ではなく、新しい事にチャレンジする余裕がないくらい他の仕事を頑張っていたり、地味だが会社を支える大事なベースとなる仕事をコツコツこなしていたり、チャレンジする前に自分の実力をもっとつけてからでないと動けない慎重な考えだったり、様々あると思う。
ようは、個々がどういう仕事を日々しているか。どういう考えや性格を持つ人なのか。どれくらいの技量、知識、経験がある人なのか、などをこちらがしっかり把握しているかどうか、ということが重要だということだ。そういう個人個人の要素が分かっていれば、何もパニックになる事はない。そういう事をあまり分かっていない状態で、一般論や感情論で組織を動かすチームは崩壊してしまう気がする。(すみません、これは完全に僕の独自の偏った考えなので、あまり真に受けないように。)
まあ、だから僕は、社員一人一人とのコミュニケーションだったり、そういう場面?(一緒に工場見学みんなでいくとか、ごはんいくとか)を大事にしている、ということに繋がるわけです。そうしないと、個々のことが分からないから。正しい経営判断?状況判断?が出来なくなるから。だた、前にも書いたけど、そういった事は普通しないぞと、やめとけと、アドバイスを沢山いただいているので、もしかしたら、今後将来的にはどうなるかは分かりませんが(先人のいう事は正しいと言われる)
ごめんなさい、そういった経営判断が出来るとか、状況判断が出来るとか、ビジネス的にうまくいくからみんなとコミュニケーションを取っているというのはうそです。普通にみんなと仲良くいたいからです。それしかないです。いつも一緒にいる仲間と良い人間関係でいたい、という事しかないです。結果的に、それが仕事にも良いことに繋がったり、繋がらなかったりするのかも?というだけです。でもそんなこと書いても仕方ないと思ったので、それっぽくビジネスにつなげて書いてみたっぽいです。ねむい
2時を回って寒いし怖いし眠いので帰ります。
(写真はことしの新入社員歓迎会です3人)

